親ありきで生きる女の子

こんにちは。

お酒と人間が大好きな大山です。

 

今回は特にテーマを決めずにつらつら書きたいと思っています。

 

私のところに来る相談者さんは、基本的に真面目で頑張り屋さんです。

なぜこんなにも真面目で頑張り屋さんの子たちが悩まなくてはならないのだろう?と毎回思ってしまい、心苦しくなります。

 

例えば、「親の期待に応えたいけど私にそんな能力はなくて、お姉ちゃんのほうが期待されていて悲しい」と言っていた女の子。

 

結局彼女は「私は人に好かれるタイプではないし、恋愛も上手くいかないし、勉強しかない。」と結論付けて今まで頑張ってきたそうです。

しかし社会にでて、社会で必要なのは勉強が出来ることではなく、コミュニケーションが上手に取れることだと気付いたと。

 

そこで「私が今までやってきたことは何だったのだろう。」と苦しくなってしまったのです。

 

親のために生きてきたと言っても過言ではないくらいの良い子と称される代表タイプですよね。

 

親の影響って、本当に大きいと思います。

小さい頃は親が人生のバイブルですから。

 

そこで親ありきの人生を選んでしまうと、大きくなってから身動きが取れなくなってしまうんですよね。

 

親は、養育者として子どもの愛着対象になるというとても大きな役割はありますが、

子どもは親の所有物ではないということをぜひもう一度考え直してほしいなと思います。

 

自分の発言や行動が、どのように子どもに影響を与えているのか。

 

昔見たNHKの番組で虐待を受けた子どもと母親の関係についてよくわかる映像がありました。

母「スリッパそろえて」

息子「……」

母「返事は?」

息子「はい」

母「外で見送ってよ」

息子「はい」

母「私が常に上であることを認識させ続けなければいけないんです」

 

この場合、母親が子どもを所有物化してしまっていて、一人の人間として尊重できなくなってしまっているのです。

 

また、この母親も虐待を受けていたのではないかということも推し量ることができますよね。

 

虐待の連鎖や、子どもの所有物化。

 

この世の中の子ども達一人ひとりが、自分は幸せだと思える環境づくりをしていきたいですね。

 

昔の思い出「お水の世界」

こんにちは。

お酒と人間が大好きな大山です。

 

そもそも私はこのブログで、人に関して思ったことを誰にでも受け入れてもらえる形で伝えたいと思い、書いておりました。

 

だから私の素性も生い立ちも、性別すらも公開しないようにしようと

 

でもね、やっぱり自分を守っているだけでは中々伝えたい人に届くまではいかないんですよね(笑)

 

ということで、私の過去をほんの少し書きたいなと思います。

 

私は昔、お水の仕事で稼いでいました

 

 

夜の世界を上がってずいぶん経って思うことは、「あぁ、夜の世界を経験してよかったなあ」ということです。

 

”お水の世界”と聞くと、汚らわしいとか、いやらしいとか、お金は腐るほどあるんだろうとか、なんとなくネガティブな感情が湧いてくると思います。

 

もちろん綺麗なことばかりではありませんでした。

嫌な思いをしたこともあったし、相手を騙してお金をもらっているようで心がつぶれそうな時もありました。

 

入店3か月でナンバー1をいただき、そこから1位を取り続けなければならないプレッシャーとの闘いでした。

 

今は全ていい思い出になっております(^^)

 

さて、本題に、、、

私が夜の仕事をしてよかったこと3つ。

 

①「仕事」という概念と割り切り方

②自分の強みの魅せ方と売り上げの管理

③観察力と人の心をつかむ方法

 

情報が多いですね、ごめんなさい(笑)

 

 

①「仕事」という概念と割り切り方

「仕事」は「仕事」でしかないということです。

 

 

「仕事」だからこの人と今一緒にお酒を飲んで話している。

私は私の時間を提供して、その時間に対してお金を払ってくれる人がいる。

 

「仕事」だから、利益を介しているわけであって、決して自分を安売りしたり仕事以外の時間を提供してはいけない。

 

理由は簡単です。

自分が壊れてしまうから。

相手が払ってくれた分の愛を、決められた時間の中で提供する。

それが私の仕事。

と割り切る。

 

これが出来るようになるまではお客さんに付き合って膨大な時間を無駄にしていましたね(笑)

 

②自分の強みの魅せ方と売り上げの管理

特にキャバクラは保証時給はあれど、ナンバーに入ったらそんなものは関係ないのです。

売り上げをどれだけ出せるか。

売り上げを出すためには、他の嬢に勝たなくてはならない。

他の嬢に勝つためには、私にしか出来ないことをしなくては。

そのために使える私の強みは何だろう。

 

こうして強みと売り上げの接点が出来ていくのです。

 

がっつり営業マンのやっていることとマッチしますよね

 

③観察力と人の心をつかむ方法

観察力は、ダイレクトに心をつかむ方法に繋がります。

私が思う観察力とは、第一印象プラス話していて気付いたことです。

 

例えば、会社のポジションの話が多い人は誰かに褒めてほしいんだなあとか、こちらの顔を伺いながら下ネタばっかり言ってくる人は実はMなんだろうなあとか。

 

もちろん分類分けできるほど人は単純ではないから、そこはご了承ください(笑)

 

相手がコンプレックスや苦しいと感じていることが分かれば、自分が相手の求めている理想像を演じてあげればいいというだけなのです。

 

①で書いたことですが、お水の仕事の根本は「高いお金をいただいて、それに見合う、相手にとって気持ちのいい時間を提供する」ということです。

 

だから、演じるのは「仕事」として。

逆に「仕事」だからこそ、相手の気持ちに寄り添い、明日も生きる元気を与えることができます。

 

そんなこんなで私は夜の世界にいたことを、何も後悔していません。

もちろん思うところはありますが。

 

後悔しても自分の過去が変えられない状況なら、

未来の自分につなげて、なんとかプラスにしていくしかないのです(笑)

 

今までは人に対して思ったことをつらつら書いているだけだったので、もしかしたらこの記事を読んで不快に思う方がいるかもしれません。

 

それでも私は、いま「つらいなあ」「苦しいなあ」と思っている人の松葉杖になれたらなあと思っています。

 

最後まで読んでいただいてありがとうございます。

自由を知らない「いい子」

こんにちは。

人間とお酒が大好きな大山です。

 

今回は、大学生が人間関係でぶち当たる壁についてです。

 

高校生までは、割と密にかかわる友人や先輩がいますよね。

例えば、クラスの友達や部活動の先輩など…。

 

しかし、大学生になると、

途端に希薄な関係性を持つようになります。

 

これには「環境的変化」が大きく関係していると考えられます。

高校生活のように、長時間一緒にいる人がほとんどいなくなるからです。

大学はクラス制ではありませんし、

学年が上がるほど個々の研究室に散らばるようになると思います。

 

高校までの、「半強制的に長時間一緒に過ごす人がいる環境」から

大学の、「一緒に過ごしたい人を選んで一緒にいられる環境」へと変化するのです。

 

 

つまり、友人同士や上下関係の拘束から解き放たれ、自由度が増すということですね。

 

 

余談ですが、私も大学時代に自由度のある生活をしたいと思っていましたが、弟の病気の介護があり、中々自由に過ごせませんでした。

「アホみたいに遊びたかったー!」という、

ほんの少しの後悔が残っていますね(笑)

 

 

さて、最近大学生と話す機会があったのですが、

「仲の良い友達がいない。」と聞くことがあります。

 

例えば、大学に通っていて、定期的に会う友達がいない子。

彼女はとても明るくて話しかけやすい雰囲気を纏っています。

しかし、定期的に遊ぶような人は今まで一人もいなかったと言っていました。

 

私は正直びっくりしました。

何故こんなに人懐っこくて気も配れて、会話のキャッチボールのできる子が友達や先輩と遊んだことが無いのだろう、と。

 

彼女と話していて、

気付いたことがありました。

 

それは、

 

「いい子」

 

だということです。

 

 

「いい子」というのは、他者に合わせ、保護者の意図に反することなく生きてきた子

 

 

「自分が一緒にいたい子を好きに選んでいいよ。」と言われた時、

自分がどうしたいのか、

どうすれば自分の生きたいように生きれるのか見失ってしまっているのです。

 

 

現代の日本の子育ての在り方を物語っていますよね。

 

保護者がこうしなさいというからそれに従う。

何の疑問も持つことなく。

 

そして、最終的に深い関係も持つこともないのです。

 

 

閉鎖された空間の中で、希薄な関係を持ち続ける。

社会に出たとき、仕事以外で頼れる人がいなくなる。

仕事関係の中でのみ、関係を築いていく。

気付いたらもう仕事もプライベートもコミュニティが同じ。

言えないことが増えていって、

ストレスコントロールが出来なくなる。

 

 

なんという悪循環!!!

 

 

この記事の中では悪循環についてお伝えしたかったので、

もちろんかなり偏った表現をしていますし、

それでも上手く生きていらっしゃる方はいると思います。

 

ただ、自由を知らない「いい子」が、

社会の波に耐えられるノウハウを知らないことがある

ということについて、今回は書きました。

 

環境の変化に対応できるほど

若者の内的思考が養われていないのではないか

ということについてこれから考えていけたらなあ、と思います。

 

https://philosophy.blogmura.com/psychology/ranking.html?p_cid=10993146

某院長の誠意

こんにちは。

人間とお酒が大好きな大山です。

 

今回は、現在某院長が交通事故を起こしてしまったニュースを見て思ったことです。

 

交通事故のニュースについて、あるコメンテーターの発言です。

 

本当に自分の過失だと思っているならば、マスクにサングラス、帽子を外して顔を見せ、きちんとメディアに対応するべき

 

この発言って、どうなんでしょうか。

 

 

私は少し怖いなと思いました。

 

加害者に対して、人間として見ていないような気がしたのです。

 

 

もちろん交通事故の加害者を擁護している訳ではありません。

 

交通事故はあってはならないことだし、被害者や加害者の家族友人等、人間関係にバタフライエフェクトの如く多大な影響を及ぼします。

 

車を運転する際は、

交通事故を起こしたら人の人生だけでなく自分の人生も台無しにしてしまうということを念頭に置いておきたいですよね。

 

 

さて、話を戻します。

 

 

私が疑問に思ったのは、

 

マスク+サングラス+帽子=「誠意がない」

 

という考え方です。

 

 

マスクをしているのは花粉症なのかもしれない。

 

サングラスをしているのは視覚過敏で、反射した日光や電気の光が辛いのかもしれない。

 

帽子をしているのは髪の毛が薄いことが悩みで、どうしても帽子がないと外に出られないのかもしれない。

 

一方向から見ただけでは分からないことが沢山あるのです。

 

 

人それぞれ悩みはありますよね。

 

「彼女がいなくて寂しい!」という、共感を得やすい悩みから、

「ADDの特性からしっかりしていない人と思われてしまいやすい」という、中々理解してもらえない悩みまで、人様々です。

 

 

その人の辛さや悩みを知らないからこそ得られる客観的視点もあるかもしれない。

 

けれど、その人にしか分からない特性による辛さもあると思うのです。

 

 

他人が勝手に判断することは、その人にとって凶器になり得ます。

 

 

ニュースで発言しなければならないコメンテーターの立場もあるだろうし、私は某院長のことを何も知りません。

 

私も勝手に思ったことを発信しています。

 

 

他人の行動に関して何か言う時に気をつけることは2つです。

 

 

相手の環境や気持ちを加味し

適切に言葉を選んで発言すること。

 

②発言したことに責任を持つこと。

 

 

きちんと相手を人間だと認知し、

ひとりの人間として向き合いたいなぁと思います。

 

 

 

何もしない時間の大切さ

こんばんは。

人間とお酒が大好きな大山です。

 

 

今回はぼけっとする時間の重要さについてです。

 

私は、意識的に「何もしない時間」を作ることで、他のことの能率が上がる。と思っています。

 

やらなきゃやらなきゃ!って思って、でも出来なくて、結局何もしなかった時間にはなんの意味もない。

 

だってやらなかった自分への反省とか、罪悪感だけが残ってしまうから。

 

それってなんか残念じゃないですか?

だって、ずっと頑張ってきたのに、何故かたった1日の頑張らなさで自己肯定感がぐーんと下がっちゃって、もうダメだ私は。なんて思ってしまうって。

 

わたしはそれは残念だなと思います。

 

いいんだって!

そういう時もあるって!

サボらなきゃいろんな人間均衡保てなくなっちゃう時もあるんだって!

だって人間だからー!

 

と言ってあげたい。

大丈夫、みんなそんなもんだし、あなたよく頑張ってるわぁって。

 

頑張りすぎだよーって。

中々伝えるのは難しいんですけどね。(笑)

 

 

 でも、生真面目で、いつも何かを頑張らなきゃと思っていて、でも自分が思うように完璧にはできない人。

 

そういう人は、まず生真面目な自分がいること、完璧主義な自分を受け入れることが大切なのです。

 

そういう子に限って、「完璧主義だね」って言っても、

 

「いや、もっと完璧主義ですごいしっかりしてる子は世の中にいるはずだから、私なんて完璧主義にもなれない。」

 

って言うんです。

 

でもそうじゃなくて、そもそもそう思ってしまうくらい、あなたは完璧主義なんだよ

 

別にそれが周りから見てどうとか、そういうのは無いんです。

だってその子自身が感じたことだから。

 

私は、

 

あなたはあなたでいいんだよ。

今感じてる気持ちを全て吐き出してもいい場所があるんだよ。

大丈夫、わたしはあなたの味方だよ。

 

って、常に伝え続けて行きたいなと思います。

 

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世の中の需要に応えるということ

こんばんは。

最近仕事が忙しすぎてお酒が飲めなかったので本日お酒dayにして一人の時間を楽しんでいる大山です。(笑)

 

今回は、タイトルの「世の中の需要に応える」ということで、【サービスラーニング】について書いていきたいと思います。

 

サービスラーニングってなんぞや?と思う人もいると思うので、説明致します。

 

サービスラーニングとは、『学習』を見返りとして、ボランティアサービスを提供する学生側とそれを受ける側とが対等の互酬関係に立ち、学生がボランティア活動の経験を授業内容に連結させ、学習効果を高めるとともに、責任ある社会人になる為に行うボランティア活動のことです。

 

長くてよくわからん!と思うでしょうが、単純にいえば、

 

学生→ボランティアするので学習出来る環境をください

受ける側→環境を提供するのでこれから社会の役に立ってください

 

ということですね。

 

お互いの利益が相互受容された状態です。

 

ちなみに、サービスラーニングというのは

Community service learning「地域のプログラム」

school service learning「学校のプログラム」

という風に、直前に単語を加えて具体化することも出来ます。

 

サービスラーニングには、

社会的文脈                  自己

        ・            ↔️          ・

社会的構造                グループ

                        ⬆️

                メンター(=マネジメントする人)

 

という構造があります。

 

ではこれを大学でどう学んでいくのか?

 

1998年、心理と教育を合わせて、心教専攻という学科がありました。

しかし、専門分野を決める時になったら、その内心理が26人、教育が4人になってしまいました。

 

そこで、これではバランスが取れない!と、実践学専修という授業を用意しました。

 

しかし、実践学専修は、「主体的・対話的で深い学び」の集大成です。

 

どういうことかと言うと、実践学専修では、遊び心からくる研究心を行う集大成だということです。

 

例えば、学校支援ボランティアという、特定の学校の、授業についていくことが困難な子どもの支援を行うボランティアがありました。

 

しかし、ボランティアスタッフとして行っていた大学生は「授業や生活支援が出来ない!」と反発しました。

 

これは確実にサービスラーニングの需要と供給が成り立っていない状況ですよね。

 

大学生→授業をしたり、生活指導がしたい!

受け入れ側→雑務や誰でも出来るような仕事を請け負ってほしい!

 

この需要と供給が成り立ってなかったんですね。

 

ただ、このようなサービスラーニングで教育がこれから、均等化や水準の維持向上がなされていくことは間違いないと思うので、これからも試行錯誤していけたらいいなぁと思います。

 

まとまらなくてごめんなさい(笑)

 

でも、サービスラーニングの考え方は世の中に多く存在する営業職や管理職にも通ずるものだと思います。

 

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サンドバッグが欲しい人

こんにちは。

人間とお酒が大好きな大山です。

 

先日、私の仕事先にこんな人が入社してきました。

 

とても仕事が早くて、ご機嫌な時はとっても気の良いおじさまなのですが、

自分の気に入らないことがあるとものすごい勢いで攻め通す人です。

 

ちなみに関西弁でまくし立てるのでめっちゃ怖く聞こえるんです(笑)

 

ある日、後輩がそのおじさまと衝突して、泣いてしまいました。

「なんであんなに怒るのー怖いー」と。

 

そこで今回は、付き合っていかなきゃいけないけれど、少し疲れてしまう相手について書きたいと思います。

 

ただし、「疲れる」という感覚は極めて主観的な感覚なので、もしかしたら後日表現が変わっているかもしれませんのであしからず、(笑)

 

 

疲れる相手には2つのタイプがあります。

①ただ自分の怒りをぶつけたい 

②相手を批判して自分を保ちたい 

 

 

①ただ自分の怒りをぶつけたいタイプ

このタイプは、大方正しいことを言っているように聞こえます。

しかし、4割方は合理化によって怒っている部分があるので、大半の人は屈服してしまいがちです。

 

例えとしては、冒頭に述べたおじさまの事例がドンピシャです。

 

ただ怒りをぶつけたい人は、本当はとても不器用な人です。

 

間違っていると感じたことを伝えたいのですが、上手く言葉や態度に表すことが出来ないのです。

 

プラス、不器用なせいで上手くいかなかったことへの蓄積された不満が、怒りとして常に溢れ出てしまう状態になっているのです。

 

②相手を批判して自分を保ちたいタイプ

このタイプは、大変プライドが高く、自分に自信がありません。

 

事柄や人に対して粗探しを行うことで、対象を落とし、自分の地位を維持します。

 

無意識にこの言動をしているので、指摘することも出来ず、たとえ指摘しても聞き入れないのです。

 

こんなタイプの人たちと関わる時、私は常に頭に置いておく言葉があります。

 

「私はサンドバッグ。」

 

 

ただ怒りを受け止める。

 

必要があれば謝る。

自分が悪いことには謝る必要はないけれど、固定概念に取り憑かれた人に何を言っても無理です。

 

(この場合、時間と労力を掛けてまで、相手のために、固定概念を取り除いてあげたいと思うような相手の場合は別ですけどね)

 

そして、どうして相手が怒っているのか想像する。

 

ちなみにですが、相手を不快にさせてしまう言動(むやみに怒る・相手を批判する等)をする人は、過去に、自分自身が辛く苦しい経験をしてきた人なのです。

 

どうしてこの人はこういう言動をするんだろう?

と考えて、暖かい目で見ることが大切かなぁと思います。

 

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