父との死別「死んでくれてよかった」

はてなインターネット文学賞「記憶に残っている、あの日」

 

こんにちは。

 

お酒と人間が大好きな大山です。

 

 

今回は少し重ための記事になります。

 

人の「死」について。

 

身近な人が亡くなった時、

 

 

あなたはこんな言葉を使ったことがありませんか?

□「お父さんは長い旅に出たんだね」

□「おばあちゃんは天国から見てくれている」

□「ペットのわんこは永遠の眠りについたのよ」

 

 

じつはこれらの言葉、NGワードともいわれています

 

なぜなら、「死」という事実に対する喪失感を

 

受け入れることが出来なくなるからです。

 

 

 

 

 

私は高校3年生の時に、

 

父親の死を体験して、

 

喪失感(心にぽっかり空いた穴)を感じました。

 

 

言い換えるとなんともいえないあっけなさですかね。

 

 

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生前の父との思い出

 

幼少期はかなり活発な父親で、

 

よく遊んでもらっていた記憶があります。

 

 

しかし、物心がついてからは

 

父は肝臓の病気にかかり、闘病生活が続きました

 

 

当の本人はお酒を飲んで暴れるだけでしたが、

 

それによる被害の処理のため、

 

家族は崩壊。

 

 

私も心身ともに疲弊していました。

 

 

 

ある朝、急に父が血尿を出し、検査入院をすることに。

 

 

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医師「覚悟していてください」

 

検査入院といって病院に行ったはずなのに、

 

病院について1時間後、

 

 

医師から

 

 

「ご家族様にお話があります。」

 

 

「あと(余命)半日ほどかと思います。

 

覚悟していてください。」

 

 

 

母はその場で泣き崩れました。

 

椅子に座っていられないほどに、、、。

 

 

病室に行くと、

 

父は何本もの管を身体につけており、

 

自分の力では排泄もできない状況でした。

 

 

母は泣きながら父の手を握っていました。

 

 

 

 

母が「まこが来てくれたよ」と父に呼び掛けても、

 

 

父「ま、こ、、、?だれ、、、?」

 

 

 

娘の名前すら分からなくなってしまった父の姿に

 

 

 

心臓をぐしゃっと鷲掴みにされたような

 

 

今までに経験のしたことのない衝撃が走りました

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消えていく父の魂

 

医師からの説明の二時間後。

 

 

喉に痰がつまり呼吸が出来なくなった父の手は

 

段々と弱弱しくなっていきました。

 

 

 

人が死ぬときはなんとも説明しがたい「違和感」があるんですね。

 

 

 

父の魂がスーっと抜けていくのを感じました

 

 

私は霊感が強い方なので

 

より強く感じたのかもしれません。

 

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もぬけの殻となった父の姿を見て、

 

 

物心ついてからほとんど呼んだことなどないのに

 

 

気付いたら

 

 

「おとうさん! おとうさん!!!」

 

 

と呼んでいました。

 

 

 

心の中の葛藤

 

父の手が硬くなって、冷たくなった頃。

 

 

泣き崩れる母の背中をさすりながら私が思ったこと、

 

それは

 

 

 

「やっと死んでくれたなぁ、、、。」

 

 

 

正直本気で思っていました。

 

 

 

思ってはいけないと分かっていても、

 

生前の家庭崩壊がつらすぎて、

 

本当に”やっと”解放される…。という気持ちでした。

 

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こんな気持ちって普通の高校3年生が持つわけがないので

 

周りからは

 

 

「つらいよね」

 

とか

 

「これから頑張ってね」

 

とか

 

 

心の中では「なんで私が悲しいと決めつけるの?

 

 

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そんなこんなで

 

 

お葬式中もずっと

 

 

「亡くなって嬉しい気持ち」と「悲しい気持ち」

 

 

の葛藤でした。

 

 

 

 

父の死から7年後

 

 

人が一人亡くなるというのは本当に

 

周りの残された人間に

 

多大な影響を与えます。

 

 

 

 

 

 

7年程たったころ、ようやく

 

葛藤していた心の両方を認めることが出来るようになりました。

 

 

 

それには心理士さんやカウンセラーさん、

 

医師、友達など様々な人の支援があったからです。

 

 

 

 

 

 

身近な人が亡くなった日。

 

 

それは誰にとっても、

 

 

どんな形であっても、

 

 

間違いなく「記憶に残っている日」

 

 

 

身近な人の死を乗り越えるために

 

身近な人の死に対して、思うことは様々。

 

 

「私が死ねばよかったのに。」

 

「もっと一緒にいたかった。」

 

「死んでくれてありがとう。」

 

「もう会えないのかな。」

 

 

 

どんな気持ちをもっても、それはあなたの大事な心

 

 

間違っている心は一つもないのです。

 

 

大事なのは、自分の心と向き合うこと。

 

 

そして、向き合う時、それは

 

 

 

「心身ともに健康な状態の時」

 

 

沈んでいる時に、あえて沈むことを考えるのはやめましょう。

 

 

考えちゃうのはわかるけども"(-""-)"笑

 

 

 

まこの一冊紹介🎵

 

子どもの喪失と悲しみを癒すガイド 生きること・失うこと

リンダ・ゴールドマン著 

天貝由美子 訳

 

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「子どものための」と書いてはありますが、

 

子どもに対してだけではないと思います

 

この本の内容は大人にも当てはまるものが多くあります。

 

 

例えば、

 

p.70「悲しみを解決する方法」

 

  1. お話をつくる
  2. 文章をかく
  3. 手紙をかく
  4. エッセー
  5. 絵を描く
  6. 家系図を作る

 

などなど…

 

全ての年代に応用できるアイデア

 

具体的に分かりやすく綴られています

 

 

 

自分自身の心にぽっかり穴が空いた人、

 

これから親になり子どもに「死」を伝える人、

 

大切な人が「死」に直面して支援してあげたい人。

 

 

どんな立場の人でも

 

分かりやすく参考にできる本だと思います

 

 

興味のある方はぜひ読んでみてください(⌒∇⌒)

 

 

芋女からメンヘラ女になりオシャレ女子へ

こんにちは。

 

お酒と人間が大好きな大山です。

 

 

 

 

芋女、あなたの周りにいますか?

 

突然ですが前々回の「JDの黒歴史」で

 

芋女がいたのを思い出したので

 

書き綴ることにしました。

 

 

 

そう、芋女とは

 

「何とも言えないあか抜けない女子」

 

ですよね。

 

 

そして私の過去にも芋女がいました。

 

そう、私自身です…。笑

 

黒髪ストレート前髪ぱっつんの

 

眉毛整えずに肌のケアなんか露知らず状態。

 

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高校3年生「初めておしゃれに興味を持つ」

 

高校3年生になって、

 

私はなんとなく派手な子がいるグループに入りました。

 

 

あの女子特融のグループカーストね。

 

 

私が入ったグループはメンバーが

 

クラスの中では一応上の方にいたんです。

 

 

自称進学校だったので

 

髪の毛を染めるとか、

 

制服を可愛く改造とかは

 

無かったんですが、

 

グループで出かけることが増えて

 

自然とファッションをなんとかしなきゃな…と

 

思い始めたのです。

 

 

 

それまではみんな大好きしまむらで事を済ましていたのですが。

 

 

 

そこで109に行って「可愛い!着たい!」とおもったのが

 

 

なぜかあのブランド…

 

 

 

《《《  リズリサ  》》》

 

 

リズリサが分からない人も多いと思うので

 

こちらをご参照ください。

 

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ショコラ柄ワンピース | LIZ LISA(リズリサ)公式通販 | Tokyo Kawaii Life

 

 

見てもらうと一目瞭然だと思うのですが、

 

リズリサって本当に顔が可愛くて

 

スタイルが良くてメイクもしっかりできて

 

自分の魅せ方を知っている人が着れるブランドなんですよね(主観)

 

 

 

なので、

 

高校3年生のおしゃれに出会ったばかりの私には

 

 

相当ハードルが高かったわけで。

 

 

でもどうしても着たくて

 

買いました、えぇ買いました。

 

 

そして着ましたとも。

 

 

 

結果は見えてますよね、

 

メイクも髪の毛も何にも分からない

 

芋女がリズリサという

 

最高に「カワイイ」ブランドを着るわけです。

 

 

 

………………イタい…(´;ω;`)

 

THE☆服に着られている感…

 

 

そして私は学びました。

 

私の合うブランドはここではない!!!と。

 

 

 

 

 

 

大学1年生「メンヘラファッションに興味を持つ」

 

正確には大学に入る直前、

 

リズリサが自分に合わないと感じた後、

 

 

私はメンヘラ系というかゴスロリというか、

 

 

そっち方面に目覚めるんですね。

 

 

その際にハマったブランドがこちら。

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リボンギャザーSK - Ank Rouge(アンクルージュ)のスカート|ファッション通販 Ailand(アイランド)

 

 

まずはアンクルージュでしたね。

 

 

そして…

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https://shop.axesfemme.com/kawaii/brandtop/kawaii/

 

 

はい、アクシーズファムです。

 

 

ご存じの方は「ああ、うんうん」って感じだと思います。笑

 

 

 

このアクシーズファムも着こなすには難しくって…

 

 

服に合う様な少し「陰」の部分を強調したメイクを

 

した方が服に合うんですよね。(主観:二回目)

 

 

ただ、今はアクシーズファムの中でも

 

かなりブランドが分けられていて、

 

大人っぽく着こなせそうな服も通販で多く見られました。

 

 

ブランドの方針も変わったのかな?

 

 

 

 

でも当時の私は大学1年生、

 

メイクの仕方なんてわからない。

 

 

 

とりあえず眉毛かいて?瞼茶色く塗って?

 

マスカラでまつげ塗りたくればいいんでしょ?

 

 

って感じでしたね。笑

 

 

 

そりゃアクシーズファムなんて尊いブランド

 

着こなせるわけがない…。

 

 

こうしてメンヘラ女が出来上がっていきます。

 

 

さつきさんのアドバイス

 

大学2年で私はガールズバーでバイトをし始めます。

 

そのバーにはさつきさんというママがいました。

 

 

さつきさんは

 

  • スタイル抜群
  • 身長150㎝
  • メイク多種多様
  • ヘアメイクは美容師並み
  • いつも服装が大人っぽい

 

完璧な「大人の女性」という感じでした。

 

そんなさつきさんと出会ってから、

 

私はメンヘラ系ファッション女を脱出することが出来るように変わっていったのです。

 

 

さつきさんは本当に毒舌でした…

 

「何あんた今日の恰好山登りみたいだね」

 

「肩だしはおじさんウケしないからなめなさい」

 

「万人受けする格好にしなさい」

 

「あんたそのスカートデブに見えるよ」

 

「その眉毛の整え方おかしいよ」

 

その他諸々…

 

 

毎日毎日毒舌に刺されっぱなしで

 

出勤が嫌になることもありました。

 

 

でも段々さつきさんのおかげで

 

まともにおしゃれと言うものが

 

理解できるようになってきたのが大学3年の冬。

 

 

メイクも服装も大分あか抜けてきました。

 

 

 

最終的にはブランドは今でも大好きな

 

「ブルーレーベル」に落ち着きましたね。

 

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BLUE LABEL CRESTBRIDGE ブルーレーベル・クレストブリッジ|スカート パウダーローンサイドチェックスカート|ブルーレーベル/ブラックレーベル・クレストブリッジ/オフィシャルサイト



大人っぽくも可愛さのある、

 

ブルーレーベル。

 

上品なチェックもとても評判が良いです。(⌒∇⌒)

 

 

 

 

今では本当にさつきさんに感謝しています。

 

 

見た目の芋感は自分じゃわからない。

 

人に指摘されないと分からないことって本当にたくさん

 

ありますよね。

あつ森の最大難関は釣り

ゲームの無い生活をしてきた24年間

 

こんにちは。

 

お酒と人間が大好きな大山です。

 

 

今日は日本酒を飲みながら

 

書いております。

 

 

私は幼少期からゲームをやったことがありませんでした。

 

親がゲームを買ってくれなかったとか、

 

とても貧乏だったとか、

 

そういうわけではないのですが

 

たまたまゲームに楽しさを見いだせなかったんですよね。

 

 

あなたはマリオカートをやったことがありますか?

 

ポケモンGOをやったことがありますか?

 

 

 

私は大学1年生の時に友達の家に行って、

 

18歳で初めてマリオカートを体験しました。

 

 

何度も火の中に落ちるし、

 

逆走してもどっちがゴールなのかわからないし、

 

「ゲームなんか二度とやるかー!!!」

 

と言いました。

 

 

 

 

プレゼントでもらったニンテンドースイッチ

 

大学を卒業してある日、

 

社会人になってから付き合っていた彼に

 

スイッチをプレゼントしてもらいました。

 

 

まず触ってみて電源ボタンがどこかも分からない、

 

音量ボタンもわからない、

 

画面を開いたはいいけどゲームのインストールに

 

お金がかかることも知らない、という状況でした。

 

 

スマホを初めて触ったおばあちゃんみたいに。笑

 

 

 

 

 

一通り彼に操作説明をしてもらって、

 

初めてのあつめれどうぶつの森

 

挑戦することになりました。

 

 

行きたい方向に歩いたり、

 

虫を採ったり草をむしったりできるようになってきて

 

さらなる大きな課題がうまれたのです。

 

 

それが…

 

 

 

 

「釣りができない!!!!」

 

 

 

 

  • 竿を持てる
  • 魚影を認識できる
  • 投げたい方向にウキを投げられる
  • 魚影が餌をツンツンしていることが分かる

 

 

ここまではできるんです。

 

 

 

でも、魚影が餌をツンツンした後、

 

Aボタンを押してもどう頑張っても魚が釣れません。

 

 

結果、私は一週間ずっと草むしりをしていました。

 

はしごも作れないから平地で延々草むしり。笑

 

 

 

ともこによるアドバイス

 

ある日、やっぱり釣りがしたい!と思い、

 

友達のともこに相談。

 

 

ともこはどうぶつの森をかなりやり込んでいたので

 

適切なアドバイスがもらえると期待して

 

恥ずかしながら

 

「釣りの仕方を教えてくれ…」

 

と言ってみた。

 

 

すると

 

 

ともこ「あつ森の釣りの仕方?

 

    ピンってなったらヒョイって!」

 

 

 

《《《 ピンってなったらヒョイ  》》》!!!?!?!?!?

 

 

 

心の声「ともこぉぉぉぉおおおおおおおおおお‼‼‼‼‼‼」

 

 

 

正直わけがわからなかった。

 

 

最終的に彼に相談したところ、

 

彼は一発で釣りができたため

 

私がなぜ釣りが出来ないのか解明できず。

 

 

 

30分後、

 

彼「まこちゃん、わかったよ!!

 

そもそもウキが沈んでからAボタンを押すんだよ!!!」

 

 

氏神…‼‼‼(´;ω;`)ウゥゥ

 

 

これでやっと私も釣りが出来るようになりました。

 

 

まさかウキが沈むかどうかを

 

確認しなければならないなんて…

 

全く発想になかったので驚きでした。笑

 

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その後私は無事に釣りが出来るようになり

 

アユやメダカ、様々な魚をゲット!!

 

 

本当にともこと彼氏に感謝です笑

 

 

 

…後日談…

 

ともこ「あつ森って、チュートリアル自体はあっても、

    

 細かい部分のやり方って前からどうぶつの森やってた

 

 ユーザーは知ってるからあんまり説明ないのよね」

 

 

私「それ早く教えて…(´;ω;`)」

 

 

 

頭痛の種, 女性, 悲しい, 泣く, 不幸です, 意気消沈した, 悲しみ, 女の子, 人, 頭, 痛み, 顔

 

 

 

というわけで「あつ森の釣りの仕方」おさらい!

 

  1. 竿を持つ
  2. 魚影の顔の前にウキを投げる
  3. ツンツンを確認
  4. ウキが沈むまで待つ(ここ重要!)
  5. ウキが沈んだらAボタンを押す

 

これであなたも釣りマスター!💛

女子大生の黒歴史

「記憶に残っている、あの日」

あなたは 黒歴史を覚えていますか?


こんにちは。

人間とお酒が大好きな大山です。


最近は日差しが強くなってきてサングラスをつけないと

外に出るのがしんどくなってきました👓笑



では本題へ…

あなたは自分の黒歴史を覚えていますか?




ありますよね、誰にでも。

度忘れたいと思ってもどうしても忘れられないものですよね。


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大学生の黒歴史

大学生といえば何と言っても「成人式」!


私の中の解釈は

「成人」は「酒タバコ異性交遊解禁」でしたね。


大学生になるとお酒で酔っぱらって失敗とか

タバコが辞められなくて失敗とか

異性との交遊関係で失敗とか

色とりどりの黒歴史が誕生しますよね~



ちなみにですが

私の友達は初めて朝までお酒を飲んだ日に

道路で寝てしまってタクシーに轢かれ

肋骨を6本折ったらしいですね。

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私の恋愛黒歴史

さて、それでは私の大学4年生の黒歴史、お聞きください。



大学4年生の頃、私はバスケサークルに入っていました。


バスケサークルでは、大学デビューに成功したこともあり、

それなりに先輩や友達にちやほやされました。



5月の上旬、

突然サークルに入ってきたイケメンの先輩に恋をしました。


その先輩はというと

・大翔(ひろと)さん

・私より年齢が4個上

・たれ目の甘いフェイス

・身長180㎝

・見た目ドタイプ



もおおぉぉぉう好き!!!!

ってなってしまって色んな人に

「あの人留年してるし友達に借金してるしやめときな」

と言われても盲目に好きだったんです。



最初の方は同じチームになると

嬉しいな~と思うだけだったのに、

ひろとさんも好意を持ってくれていたらしく

ご飯に誘ってくれたり

呑みに誘ってくれたり

段々距離が近づいていきました。



クリスマスが近づいた12月上旬。

私は思い切ってひろとさんをイルミネーションに誘いました。


私「12月の11、17、25日で空いてる日ってあります?」

ひろとさん「12月25日なら空いてるよ。
      イルミネーション見に行く?」

私「ぜひ一緒に行きたいです。」



当日、一緒にイルミネーションを見に行って

お酒を飲んで、健全なデートをして、

別れ際に「付き合おう」と言われて

お付き合いをすることになりました。

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ひろとさんは私と付き合ったことがとても嬉しかったらしく、

サークルの男子で、ひろとさんを入れて

6人で飲み会を開いたときに

カミングアウトしたらしいです。




ひろとさん「俺、まこ(私)と付き合うことになったんだよね!」




すると一緒に飲んでいた他5人が、

男1「俺、まことセッ〇スしたことあるよ」

男2「俺も寝たよ」

男3「俺キスした」

男4「俺はハグした」

男5「俺は寝たわ」

ひろとさん「……………えっ……………………え???」

男12345「え????」

全員「は????????」


この話を男1から電話で聞かされて、


「あ、詰んだ。」


と思った日、そう、その日が私にとっての

「記憶に残っている、あの日」です。
 
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ひろとさんと付き合う前は

サークルクラッシャーと呼ばれるほど

異性関係がズブズブだったんです私。


それをあの日ほど悔やんだことはないですね。



華の女子大生のみなさん、お気をつけて………。






はてなインターネット文学賞「記憶に残っている、あの日」

親ありきで生きる女の子

こんにちは。

お酒と人間が大好きな大山です。

 

今回は特にテーマを決めずにつらつら書きたいと思っています。

 

私のところに来る相談者さんは、基本的に真面目で頑張り屋さんです。

なぜこんなにも真面目で頑張り屋さんの子たちが悩まなくてはならないのだろう?と毎回思ってしまい、心苦しくなります。

 

例えば、「親の期待に応えたいけど私にそんな能力はなくて、お姉ちゃんのほうが期待されていて悲しい」と言っていた女の子。

 

結局彼女は「私は人に好かれるタイプではないし、恋愛も上手くいかないし、勉強しかない。」と結論付けて今まで頑張ってきたそうです。

しかし社会にでて、社会で必要なのは勉強が出来ることではなく、コミュニケーションが上手に取れることだと気付いたと。

 

そこで「私が今までやってきたことは何だったのだろう。」と苦しくなってしまったのです。

 

親のために生きてきたと言っても過言ではないくらいの良い子と称される代表タイプですよね。

 

親の影響って、本当に大きいと思います。

小さい頃は親が人生のバイブルですから。

 

そこで親ありきの人生を選んでしまうと、大きくなってから身動きが取れなくなってしまうんですよね。

 

親は、養育者として子どもの愛着対象になるというとても大きな役割はありますが、

子どもは親の所有物ではないということをぜひもう一度考え直してほしいなと思います。

 

自分の発言や行動が、どのように子どもに影響を与えているのか。

 

昔見たNHKの番組で虐待を受けた子どもと母親の関係についてよくわかる映像がありました。

母「スリッパそろえて」

息子「……」

母「返事は?」

息子「はい」

母「外で見送ってよ」

息子「はい」

母「私が常に上であることを認識させ続けなければいけないんです」

 

この場合、母親が子どもを所有物化してしまっていて、一人の人間として尊重できなくなってしまっているのです。

 

また、この母親も虐待を受けていたのではないかということも推し量ることができますよね。

 

虐待の連鎖や、子どもの所有物化。

 

この世の中の子ども達一人ひとりが、自分は幸せだと思える環境づくりをしていきたいですね。

 

昔の思い出「お水の世界」

こんにちは。

お酒と人間が大好きな大山です。

 

そもそも私はこのブログで、人に関して思ったことを誰にでも受け入れてもらえる形で伝えたいと思い、書いておりました。

 

だから私の素性も生い立ちも、性別すらも公開しないようにしようと

 

でもね、やっぱり自分を守っているだけでは中々伝えたい人に届くまではいかないんですよね(笑)

 

ということで、私の過去をほんの少し書きたいなと思います。

 

私は昔、お水の仕事で稼いでいました

 

 

夜の世界を上がってずいぶん経って思うことは、「あぁ、夜の世界を経験してよかったなあ」ということです。

 

”お水の世界”と聞くと、汚らわしいとか、いやらしいとか、お金は腐るほどあるんだろうとか、なんとなくネガティブな感情が湧いてくると思います。

 

もちろん綺麗なことばかりではありませんでした。

嫌な思いをしたこともあったし、相手を騙してお金をもらっているようで心がつぶれそうな時もありました。

 

入店3か月でナンバー1をいただき、そこから1位を取り続けなければならないプレッシャーとの闘いでした。

 

今は全ていい思い出になっております(^^)

 

さて、本題に、、、

私が夜の仕事をしてよかったこと3つ。

 

①「仕事」という概念と割り切り方

②自分の強みの魅せ方と売り上げの管理

③観察力と人の心をつかむ方法

 

情報が多いですね、ごめんなさい(笑)

 

 

①「仕事」という概念と割り切り方

「仕事」は「仕事」でしかないということです。

 

 

「仕事」だからこの人と今一緒にお酒を飲んで話している。

私は私の時間を提供して、その時間に対してお金を払ってくれる人がいる。

 

「仕事」だから、利益を介しているわけであって、決して自分を安売りしたり仕事以外の時間を提供してはいけない。

 

理由は簡単です。

自分が壊れてしまうから。

相手が払ってくれた分の愛を、決められた時間の中で提供する。

それが私の仕事。

と割り切る。

 

これが出来るようになるまではお客さんに付き合って膨大な時間を無駄にしていましたね(笑)

 

②自分の強みの魅せ方と売り上げの管理

特にキャバクラは保証時給はあれど、ナンバーに入ったらそんなものは関係ないのです。

売り上げをどれだけ出せるか。

売り上げを出すためには、他の嬢に勝たなくてはならない。

他の嬢に勝つためには、私にしか出来ないことをしなくては。

そのために使える私の強みは何だろう。

 

こうして強みと売り上げの接点が出来ていくのです。

 

がっつり営業マンのやっていることとマッチしますよね

 

③観察力と人の心をつかむ方法

観察力は、ダイレクトに心をつかむ方法に繋がります。

私が思う観察力とは、第一印象プラス話していて気付いたことです。

 

例えば、会社のポジションの話が多い人は誰かに褒めてほしいんだなあとか、こちらの顔を伺いながら下ネタばっかり言ってくる人は実はMなんだろうなあとか。

 

もちろん分類分けできるほど人は単純ではないから、そこはご了承ください(笑)

 

相手がコンプレックスや苦しいと感じていることが分かれば、自分が相手の求めている理想像を演じてあげればいいというだけなのです。

 

①で書いたことですが、お水の仕事の根本は「高いお金をいただいて、それに見合う、相手にとって気持ちのいい時間を提供する」ということです。

 

だから、演じるのは「仕事」として。

逆に「仕事」だからこそ、相手の気持ちに寄り添い、明日も生きる元気を与えることができます。

 

そんなこんなで私は夜の世界にいたことを、何も後悔していません。

もちろん思うところはありますが。

 

後悔しても自分の過去が変えられない状況なら、

未来の自分につなげて、なんとかプラスにしていくしかないのです(笑)

 

今までは人に対して思ったことをつらつら書いているだけだったので、もしかしたらこの記事を読んで不快に思う方がいるかもしれません。

 

それでも私は、いま「つらいなあ」「苦しいなあ」と思っている人の松葉杖になれたらなあと思っています。

 

最後まで読んでいただいてありがとうございます。

自由を知らない「いい子」

こんにちは。

人間とお酒が大好きな大山です。

 

今回は、大学生が人間関係でぶち当たる壁についてです。

 

高校生までは、割と密にかかわる友人や先輩がいますよね。

例えば、クラスの友達や部活動の先輩など…。

 

しかし、大学生になると、

途端に希薄な関係性を持つようになります。

 

これには「環境的変化」が大きく関係していると考えられます。

高校生活のように、長時間一緒にいる人がほとんどいなくなるからです。

大学はクラス制ではありませんし、

学年が上がるほど個々の研究室に散らばるようになると思います。

 

高校までの、「半強制的に長時間一緒に過ごす人がいる環境」から

大学の、「一緒に過ごしたい人を選んで一緒にいられる環境」へと変化するのです。

 

 

つまり、友人同士や上下関係の拘束から解き放たれ、自由度が増すということですね。

 

 

余談ですが、私も大学時代に自由度のある生活をしたいと思っていましたが、弟の病気の介護があり、中々自由に過ごせませんでした。

「アホみたいに遊びたかったー!」という、

ほんの少しの後悔が残っていますね(笑)

 

 

さて、最近大学生と話す機会があったのですが、

「仲の良い友達がいない。」と聞くことがあります。

 

例えば、大学に通っていて、定期的に会う友達がいない子。

彼女はとても明るくて話しかけやすい雰囲気を纏っています。

しかし、定期的に遊ぶような人は今まで一人もいなかったと言っていました。

 

私は正直びっくりしました。

何故こんなに人懐っこくて気も配れて、会話のキャッチボールのできる子が友達や先輩と遊んだことが無いのだろう、と。

 

彼女と話していて、

気付いたことがありました。

 

それは、

 

「いい子」

 

だということです。

 

 

「いい子」というのは、他者に合わせ、保護者の意図に反することなく生きてきた子

 

 

「自分が一緒にいたい子を好きに選んでいいよ。」と言われた時、

自分がどうしたいのか、

どうすれば自分の生きたいように生きれるのか見失ってしまっているのです。

 

 

現代の日本の子育ての在り方を物語っていますよね。

 

保護者がこうしなさいというからそれに従う。

何の疑問も持つことなく。

 

そして、最終的に深い関係も持つこともないのです。

 

 

閉鎖された空間の中で、希薄な関係を持ち続ける。

社会に出たとき、仕事以外で頼れる人がいなくなる。

仕事関係の中でのみ、関係を築いていく。

気付いたらもう仕事もプライベートもコミュニティが同じ。

言えないことが増えていって、

ストレスコントロールが出来なくなる。

 

 

なんという悪循環!!!

 

 

この記事の中では悪循環についてお伝えしたかったので、

もちろんかなり偏った表現をしていますし、

それでも上手く生きていらっしゃる方はいると思います。

 

ただ、自由を知らない「いい子」が、

社会の波に耐えられるノウハウを知らないことがある

ということについて、今回は書きました。

 

環境の変化に対応できるほど

若者の内的思考が養われていないのではないか

ということについてこれから考えていけたらなあ、と思います。

 

https://philosophy.blogmura.com/psychology/ranking.html?p_cid=10993146